すみれ / 50代前半
大人の純愛と自分軸を育む、ご自愛案内人

はじめまして、すみれと申します
このブログに来てくださって、ありがとうございます。
ここに来てくださったということは——
もしかして、誰にも話せない気持ちを、一人で胸の奥にしまって生きていますか?
「彼のことが好きすぎて、LINEが来ないだけで泣けてくる」
「夫とは何年もレスで、もう女として終わりなのかなと思っている」
「本物の愛に出会えた。でも、昔の自分の身体を見せたかったなって思ってしまう」
——私は、そのどれもを、経験してきました。
私のこと、少しだけ話させてください
結婚して、20年が経ちます。
そのうちの15年間、夫とは完全にレスでした。
セックスレスというより、「女性として見られていない」感覚。
肌が触れることも、目が合って微笑み合うことも、ずっとありませんでした。
「いいお嫁さんに、いいお母さんに」と生きてきた私が、
気づけば「妻でもなく、女でもなく、ただの家政婦みたいな自分」になっていた。
「もう、私って女として終わりなのかな。」
そう思い始めたのは、いつ頃だったか。
記憶がぼんやりしてしまうくらい、長い孤独の時間でした。
正直に話します
この話は、きれいに隠すことができたかもしれません。
でも、それをすると「リアルなすみれ」ではなくなると思うから、書きます。
40代後半のある時期、孤独が長くなるにつれて、誰かのためにおしゃれをするとか、女性として見られたいとか・・・そんな気持ちも忘れていました。
ただ、もともとおしゃれは好きだったので、ファッションや髪型は自分のために楽しんでいました。でも、心のどこかには「このまま誰と触れ合うこともなく、あと数十年生きていくのかな」という漠然とした寂しさを感じていました。
そんな時に出会ったのが、今も大切なパートナーである「たかし」です。
最初は友人として。でも気づいたら、彼の言葉がいつも頭の中にあって。
私の凝り固まった価値観がすこしづつ解けていくのが心地よくて。
お互いの気持ちが重なるうちに、自然と男女の関係になりました。
世間的には悪いことだと分かっています。でも、私はその頃の自分を恥じていない。
あの頃の私は、ただ、尊敬する彼に「ひとりの女性」として見てほしかった。
その正直な欲求だったし、受け入れてもらえたことでどれだけ私が救われたか・・・あの時、彼に出会えていなかったら今の私はありません。
「本気」になればなるほど、今の関係は違うと気づいた
でも、彼のことを好きになればなるほど、
「このままでいいのだろうか」という気持ちが湧いてきました。
彼を本当に好きだからこそ、誠実でいたい。
自分が、ちゃんと一人になってから——。
肌を重ねるのをお休みしようと提案したのは、彼ではなく、私自身でした。
「お互いが一人の身になってから、改めて向き合おう」
それは彼への罰でも、関係の終わりでもなかった。
自分の人生を自分の手で清算(離婚)するという、手放すことへの怖さ・・・それに立ち向かう自分自身への宣言なのかもしれません。
それでも、「女に戻れた」と感じた出会いでした
15年ぶり・・・ううん・・・20年ぶり。彼に出会って私は「女」に戻り始めました。
高校生のような恋する胸の高鳴りが、こんな年齢になってもちゃんとあるんだと、初めて知りました。
執着も、嫉妬も、女としての喜びも、楽しい記憶も——
すべてひっくるめて、彼との時間は、私の人生に確かにあったものです。
正直に言うと、彼に触れたい気持ちは、今もあります
これも、きれいに隠すことができる話です。
でも、隠しません。
彼に触れたい。触れられたい。
その気持ちは「離婚するまでは触れ合わない」と決めた今も、ふとした瞬間にじんわりと湧き上がってきます。
そういえば、彼とはじめて向き合ったとき加齢や授乳でしぼんだ胸や、それに反してたぷたぷしたお腹や垂れ下がったお尻やアソコ・・・色々なことが気になりました。
「20代の私を見せてあげたかった」という気持ちが、むくむくと湧き上がってきて。
彼が聞いてもいないのに、「私ね、昔はもっと胸が大きかったんだよ…!」と
つい言い訳アピールしてしまったこと、何度もあります(笑)
少しでもきれいな自分を見てもらいたい・・・
恋する乙女心というのは、50代になっても変わらないんですね。
でも、そういう私に彼は毎回、「今の君が好きなんだよ」と言ってくれる。
その言葉が、また私を少しずつ優しく溶かしてくれるんです。
でも、ある時期の私は——彼への「執着」で、ボロボロでした
ここが、私のプロフィールの中で一番大事な部分かもしれません。
一時期は彼が大好き過ぎて、頭から離れなくて。
「彼じゃなきゃダメ」と思っていた時期が、確かにありました。
LINEが来ないと寂しくなって、しょんぼりしたり。
子どもと出かけていたと聞けば、彼の子どもを羨んだり。
彼の言葉ひとつに一喜一憂して、彼の反応を待ちながら、自分の人生を「保留」にして生きていた。
私の幸せのスイッチが、ぜんぶ彼の手の中にあったんです。
ただ——彼の離婚については、少し違う。
「私との関係を理由に離婚しないでほしい」と、彼に直接伝えていました。
離婚を選ぶかどうかは彼自身の意思であって、私のためであってはいけない、と。
そう思っていたし、そう伝えていた。
きれいごとと思われるかもしれないけれど、お子さんのいる家庭を壊したいわけではない。
奥様だって会ったことも、話したこともないわけで・・・嫌いになったり恨んだりもできない。
嫉妬はある。やきもちだってある。彼の隣にいたい。
でも、それと同時に——「傷つけたくない」という気持ちも、ちゃんとある。
ただ、好きなだけなのに。
思いが通じ合えた嬉しさと、どうにもならないもどかしさが、いつも隣り合わせで。
それでも、数か月に一度、彼に会えると——本当に幸せだった。
文字だけのやり取りでも、「好き」と言われたらドキドキして。
既読マークひとつで、胸がきゅっとして。
どんなに苦しくても、離れることなんてできなかった。
それは依存だったかもしれない。でも同時に、本物の愛情でもあった。
今でも、彼のことを心から好きだし、尊敬している。
今思えば、あの葛藤のすべてが——「自分を一番に選ぶ」という決断への、長い長い助走だったのかもしれない。
私が「自分を一番大切にする」と決めた日
あの時の執着からどうやって抜け出したのか、と聞かれたら——
「ある瞬間」が来たんです。
「もう、自分にこれ以上、我慢させたくない」と。
誰にも言えないうしろめたさ、彼の意志ではなく私が原因で家庭を壊してしまうかもしれない不安、会えない寂しさと、でも、会えば会うほど好きになっていく葛藤。
いっそ体だけと割り切れたら楽なのに・・・。
肌を重ねることをお休みしようと提案したのは、彼ではなく、私自身でした。
「お互いが一人の身になってから」——その言葉を自分の口で言えた時、
はじめて「私が自分のために生きる人生」が始まった気がしました。
彼に会えない寂しさは、今もあります。触れられない切なさも、正直ある。
でも、これまで50年蔑ろにしてきた「自分を一番大切にする」という選択を、私は誰にも渡したくない。
今の私と、「執着の手放し」について
「彼じゃなきゃダメ」は愛情であり、執着でもあり本当にバランスが難しい。
でも、今は、こう思っています。
離婚して自由になった時、一緒に愛を育めるパートナーを見つける。
今の時点では、それが彼だったら嬉しい。
でも、絶対に彼でなければならない、とは思わなくなった。(思わないようにしている途中)
これは、彼への愛が冷めたわけじゃないんです。
自分の人生を、自分で切り開く覚悟。私が主人公なんだと大見栄をきったところです。
「彼かもしれないし、彼じゃないかもしれない」——この言葉を、笑顔で言えるようになった日が、
私が本当の意味で「自分」に戻った日だと思っています。
今、私たちは「文字だけで」愛を育んでいます
だから今の私たちは、「文字のやり取り」だけで愛を育んでいます。
執着も、嫉妬も、女としての喜びも、楽しい思い出も——
すべて胸に抱きながら、今は言葉だけで繋がっている。
毎日届く彼のメッセージが、私の心の小さな灯。
私の言葉が彼の心に届いているかな、と思いながら紡ぐ文章が、今の私を女性として可愛くありたいと思わせてくれる。
そのやり取りの一部を、このブログで綴っていけたらと思います。
このブログで伝えたいこと
このブログは、「ドロドロした不倫記録」でも「彼に依存してボロボロになる悲恋日記」でもありません。
夫婦関係に絶望して、女を諦めかけていた私が——
不倫という道を経て、
本物の愛に出会い、
執着でボロボロになって、
そして、やっと「自分」を選ぶことができた。
そのリアルな心の変化と葛藤のプロセスを、ありのままに綴っていく物語です。
同じ年代で、「彼を待ち続けて自分の人生を保留にしている人」へ。
「夫婦関係に絶望して、女を諦めかけている人」へ。
「身体の変化が恥ずかしくて、好きな人の前で自信が持てない人」へ。
あなたの傷ついた女性性も、もう一度、温かく花開きますように。
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