鬱陶しい梅雨が明け、病室の窓から差し込む光もいっそう強く感じる。ベッドに仰向けに横たわる年老いた男は最後のチカラを振り絞り、履いているパンツの端をつまんだ。
パンツの中を覗き込み、ぐったりしている下半身を見つめ、話しかけている・・・
「ごめんな。こんな不甲斐ない男で・・・。一度も役目を果たせなかったな。本当は、お前も暴れたかったよな。一度も楽しませることができず、申し訳なかった・・・」
熱い涙が老人の頬を濡らす。
「ワシも一度は経験したかったな。妄想の中では何度も・・・。お前の勇姿は、この右手が覚えているぞ。何度、いや何万回も・・・」
(ピクッ)
下半身が反応したような気がした・・・
この世に未練がないと言えば嘘になる。一度も女性と付き合うこともなく、いま寿命を迎えようとしている。約一世紀も生きてきたのに、未経験のまま人生を終えるのだ。
そっとパンツを戻して目をつぶる。濡れた頬にあたる風が気持ち良い。思い返せば、チャンスは何度かはあった。この世に生を受けて、自分の子孫を残すチャンスはあったはずだ。
(あのときに勇気があれば・・・)
後悔先に立たず
思い返せば、幼少の頃から親や先生、上司、周りの大人の期待に応え続けてきただけの人生だった。冒険をすることもなく、何も考えずに言われることを淡々とこなしてきた。
効率を求め、無駄なことはせず、誠実に生きてきた。失敗を繰り返す周りの人間の不器用さに呆れていた。
冒険なんていうのは、マンガやアニメの主人公でなければ、成功しない。大きなリターンを求めるから失敗をするんだ。余計なリスクを取る必要なんてない。と思って生きてきた。
それは間違っていた。気づくのが遅かった。もっと早く気づければ、こんな後悔なんてしない。
言われるがままに進学した大学時代もそうだ。恋人を作るチャンスはあった。なのに行動を起こせず、いつか俺にも運命の出会いがあると信じていた。
華の大学時代
田舎から出て、一人暮らし。俺のアパートは大学に近いということもあり、いつの間にか授業のない仲間の溜まり場となっていた。
テレビゲームで対戦をする二人の男。無言でマンガを読みふける男。我が家のように振る舞っている。もうすぐ一年を共にする愛する悪友たちだ。
夕方になると誰からともなく冷蔵庫を開け、飲みはじめる。
「なんか、いつも男ばっかで華がねーよな」
こいつは、タカシ。高校時代からギターを弾き、大学でも通称『ジャズ研』というサークルに入り、バンドを組んでいる男。確か山梨出身。いつも女子と仲良くしているが特定の彼女はいない。ふと前から気になって疑問を投げてみた。
「タカシ、お前、彼女とか作んないの?」
「俺? 彼女って、めんどくさいだけじゃん?」
(そんなものなのか。彼女ってめんどくさいのか・・・)
男同士の友情
「確かに・・・。なんか分かる気がするわ。俺もしばらく彼女はいらない」
クールなイケメンのレイジが、タカシの意見に賛同する。レイジは、普段からクールで近寄りがたい雰囲気をまとっている。噂によるとレイジの気を惹こうと企む女子が結構いるらしい。
「マジか?! お前ら! モテる男は違うよな。俺は誰でも良いから彼女が欲しいぞ。早く童貞を卒業して〜」
ヨシオが、自分の下半身を握りながら、けたたましく騒ぐ。
「「あはははは」」
こんな馬鹿な話で盛り上がれる仲間がいて本当に良かった。タカシの言うように華はない。だけど、毎日、何をするわけでもなく、ただ集まり、ダベって、一緒に酒を飲んでいるだけで楽しい。
「俺はお前たちと一緒にいるときが幸せっ! これからもずっと卒業しても、つるんでバカしてようぜっ!」
「「だな。あははは」」
勇気がなかったあの頃
なんて、一生の友情を誓った仲間も、実は彼女を作るために影で必死に動いていた。テスト前に「やべ〜。俺、全然勉強してないわ」なんて嘘のように・・・
そして、彼女ができたら「わり〜。彼女がうるさくてさ。また今度なっ!」とツルむことも少なくなった。男なんて単純で『女の魔力』にかかれば、直ぐに仲間を裏切る。
童貞だったヨシオに関して言えば、エッチに溺れ、ほぼ彼女の部屋に入り浸っていた。
俺にもチャンスはあった。ただ怖くて女性から逃げていただけなんだ。そして、童貞だということを隠して、カッコつけていただけ。ヨシオのように素直に童貞だと打ち明けていれば、かわいい女子を紹介してもらえたかもしれない。
くだらないプライドを守り、童貞を捨てられず、こうして人生の最後に後悔をする・・・。何のために生きてきたのか。生身の女性を知らずに人生の終焉を迎えるなんて。後悔しかない。
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